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2004年 09月 26日
"Azarias"1-- 旅のいきさつ
それはまだ私がようやく10代後半にさしかかった頃の話です。
父トビトが、突如遺言のように私に話し始めたことがありました。
「お前もずいぶんたくましく男らしくなった。お前は一人息子だからね、トビアス。言っておかなければならないことが幾つかあると思う。」

それはひどく唐突な印象でした。
とりたてて若々しく見える父ではありませんでしたが、まだ壮健で、体が弱っているという訳でもありません。ただ、4年ほど前から失明しています。夕刻家の中庭で休んでいる間に、鳥に糞を落とされたというのです。ずいぶん医者にもみてもらったそうですが、薬を塗れば塗るほど、目にできた白い膜は悪くなり、父は結局、失明したのだと言います。

私はアッシリア王国の首都である、このニネヴェの町に育ちました。
生まれたのは遠い町です。私たちはユダヤのそれなりに由緒のある家族だと父から聞かされていますが、今、私たちはアッシリアの支配下にあります。ナフタリ族アシエルの家系というものに私たちは属するそうですが、父はティスベという土地で、アッシリア王軍の捕虜になり、ニネヴェに連れて来られたのだと聞きました。それより前に父はティスベで結婚し、私が生まれ、共にニネヴェにやって来たということです。しかし、私たちを捕らえたアッシリアの王、シャルマナサルが短い治世の後亡くなり、その後のサルゴン2世の時代を経て、シャルマナサルの子センナケリブに代が替わる頃には、町をつなぐ街道のいくつかは既に危険となっており、遠い親戚と会うこともままならなくなりました。

父は続けました。
「私が死んだら、手厚く葬ってほしい。私は私なりに神に対して正しく生きてきたと思うから。そして、何より、お前のほかに私を葬る者はいないのだから。それから、お母さんをずっと大事に敬いなさい。お母さんが生きている限り、彼女が喜ぶことをするように。彼女に時が来たら、その時は私の隣に、私と並べて葬りなさい。」

父は非常に信心深い人です。
私たちユダヤ人が、アッシリアの捕囚としてニネヴェに連れて来られた時、多くの血縁の者たちが異教徒の食事を口にすることに、父は相当なショックを受けたようでした。それでも父は決して私たちに与えられた戒律を外れることだけはすまい、と心に決め、神の前にいつも正しく生きるようにと、厳しく私や母に言い続けてきました。父は捕虜としてニネヴェに連れて来られながら、シャルマナサル王からは格別の好意と計らいを受けており、王に必要なものを買い入れる役を仰せつかっていました。父はこれも正しく生きてきたことへの神のはからいと、固く信じているようでした。これらの物資調達のため、父はシャルマナサル王のために、幾度となくメディアとの街道を往復したそうです。メディアにいる親戚のガバエルという者に、金を預けたというのもこの頃の話だったようです。

遺言のような話はまだ続きました。
「生きている限り、神様のことを忘れてはいけないよ。私たちへの戒めはそれほど難しいことではない。命ある限り、正義を行いなさい。それから、施しをすることを忘れるのもいけない。富める時は富めるなりに、貧しい時も貧しいなりに、どんなに貧しい人に対しても顔を背けず、できる限りのことをしなさい。それは結局、自分の窮乏の日に備えて、自分のために善い宝を積んでいることになるのだから。もう一つ。自分が穢れないよう、よく身を守りなさい。必ず先祖たちの家系から妻を迎えてほしい。私たちは予言者の子孫だからね。同族の者たちより自分が偉いから、などと奢り高ぶって、ほかから妻を迎えるようなことは考えてはいけない。予言者の子孫として、子孫に約束の地を受け継いでいくことが大事なんだよ。」

ほかにも多くの話を続けました。
支払いは期日までにしなさい、とか、自分が嫌なことは決して他人にはしてはいけない、とか、酒を飲み過ぎるな、とか、正しい人の忠告を聞きなさい、とか、そして、同族の人々をどのように埋葬するか、その時にどのように宴を催すかに至るまで。それは自分の死の準備というよりは、私に大人の男としての、民族の教えを伝える言葉のようでもありました。

この話の最後に父は、メディアのラゲス地方に住むガバエルという人物に、金を預けてあるということを付け加えました。つまり、その金を受け取ってくるため、私に旅に出てほしいということだったのです。証文も交わしてあるので、私が使いに出て、会ったことのないこの人物を訪ねることも問題はないということでした。

むしろ問題は、旅そのものでした。
メディアまでは長い道のりになります。私はそれほど長い旅を、それまで経験していませんでした。母は私が使いに出されることに「本当に大丈夫なのだろうか」とひどく心配をしました。アッシリア王の代交代の混乱の中で、この時ほど旅が心配された時期もありません。街道の旅は危険なものとなっていました。

父も母も、道連れが必要だ、と言います。
私とて一人旅をする自信など到底ありませんでした。それから数日の間、旅の準備をしながら、私は街道沿いの旅人の休憩所に通いつめました。多くの旅人を毎日見かけましたが、中にひとり、なぜだか目を引く青年がありました。何も変わった身なりをしている訳でもなく、ごく普通の旅人だったのですが、声をかけずにいられない気持ちになりました。

「はじめまして。私はこのニネヴェの町に住むトビアスと言います。メディア地方への旅の準備をしているのですが、なにぶん旅は初めてですので、いろいろとここで話を伺っているのです。」

「初めてですか。それは大変ですね。私はイスラエル人で仕事を探してこの町まで来たのですが、メディアへはたびたび訪れていますから詳しいですよ。道連れをお探しなんですか。」

この人に頼まねば、と私は直感しました。

「ええ。メディアのラゲスまで行かねばならないのです。」

「ああ、ラゲスだったら、同族のガバエルの家にも何度か泊まったことがありますよ。幾つも道がありますが、どの街道もよく知っています。エクタバナまで行ってしまえば、ラゲスまではそこから2日。エクタバナまでは平野なんですが、ラゲスは山岳地帯ですからね。そこまでどの道を通るか、が問題でしょうけれど。」

「あなたに是非お願いしたいことがあります。私の家はすぐそばなのですが、行って父と会っていただくことはできませんか。今の話をもう一度、父にも聞かせていただきたいのです。」

「良いでしょう。余り長くなると困りますが…」

この人に頼まねば、という思いは一層強くなりました。これほど私の旅の道連れに合う人には、もう二度と会うことはできないと感じました。

「名前を聞かせていただけますか。」

「アザリアス。ここにいらっしゃるのならご存じでしょう。あなたの同族の一人、偉大なるハナニアの子の、アザリアスです。」

つづく

# by raphie_y | 2004-09-26 05:42 | Azarias


    


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