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2005年 01月 24日
流氷
枝幸に流氷が接岸した朝、私は一番に起きて家の裏手の林を抜けて、海へと走った。ここ数日の間、積雪はないものの、それまでに積もった雪はどんどん堅くしまって、靴の下できゅっきゅっと乾いた硬質な音をたてていた。林の向こう側に朝日が光ると、空気の中を浮遊していた雪の結晶が、きらきらと細かく輝いた。この冬初めて見るダイアモンドダストだった。

祖母は今年の冬を待たずに逝った。
去年のこの流氷の季節、なぜだか唐突に祖母が私に打ち明けた話が、この朝私の背中を押していた。

人を驚かせてばかりいる祖母だった。まだ幼い頃、若かった叔父と叔母が遊びに来たことがあった。叔父は養父母のいる自分の実家には帰らず、妻の両親の家である私の祖父母のところにばかり夫婦で立ち寄っていたらしい。叔父の養父なる人物がそれが気に入らず怒鳴り込んで来た事があったが、祖母はけんか腰でそれを追い返した。そんなことは妻の母親のすることではない、と後から皆笑ったが、たまたま留守にしていた叔父にその一件を話した者はいなかったのだと思う。叔父の幼少期は幸せなものではなかったらしい。

祖母は豪気な人だった。決して自分を譲らない人でもあった。思い込みも激しかったが、自分なりの正義を貫いた人でもあった。

ある日、祖母はこんな風に切り出した。

「ゆり子にだけは話しておくかな」

祖父が亡くなってから、隣り合って住んでいた私たちの家に住むようになった祖母が、私と二人の午後に唐突に話し始めたのは、亡くなるほんの2ヶ月前のことだった。

「じいちゃんは本当のじいちゃんじゃなかったんだよ」

私は驚いて祖母の顔を覗き込んだ。

真剣そうに話していた祖母の口元が突如緩むと、祖母は少女のように悪戯っぽく笑った。

「ゆり子のじいちゃんの話じゃない。わたしのじいちゃんだ」

祖母の祖父は、同じ紋別の漁師だったが、祖母の母というのはこの漁師だった男ではなく、日露戦争前の紋別にロシアから度々やって来ていた貿易商という、ロシア人との間にできた娘だったらしい。どういう経緯でその後、祖母の祖母が日本人である夫と結婚したのか、そこまで聞くことはできなかった。祖母も知っていたかどうかはわからない。ただ、明治末期に北海道という特殊な土地で、日本が帝国主義の狂気へと盲進していく中で、当時20歳になるやならずのその女性は確固たる思いで外国人の子を生み、私たちの中にロシア人の血を残したのだった。祖母の母は、生前写真を撮ったことがないという。漁師町でもその頃の写真が残っていることを、私は友人の家を訪ねて知っていた。私たちよりも数段コーカソイドの血を色濃く受け継いだ彼女が、当時辺境の紋別で周囲にどのように扱われたものか。それが内地とは違う環境であったとしても、私たちでも容易に想像することはできる。

「お母さんやおばちゃんも知っているの?」

「母さんには関係ないっしょ。私がゆり子に話そうと思っただけ」

そういえば、母は時々、赤ん坊だった私に蒙古斑がでなかったことを不思議がる話をしていた。私にも祖母の本当の祖父たるロシア人の血が流れているということか。祖母は自分と顔立ちの似る私を、私の兄弟や従兄弟たちの中でもとりわけ可愛がってくれた。

祖母は毎年流氷の季節になると一番に海を見に行ったのだと言う。

「あの流氷が来る先に、私の本当のじいちゃんが生きていたんだ」

どうしてその人は彼女をロシアに連れて行かなかったのだろう。彼はここで娘が生まれたことを知らないままだったのだろうか。その娘から私たち家族が増え続けたことも知らないまま、いつかロシアの地で生の終焉の日を迎えたのか。

「来年は一緒に流氷を見に行くね」

私は祖母に言った。祖母はそれには返事をしなかった。

「流氷は接岸してから見に行っても意味はないんだよ。接岸してからの流氷原は、ただの雪原の景色と同じだろう?流氷は近づくところか遠ざかるところを見なければ、私にとっては意味がない」

「うん…」

「人間も同じことさ。どこかに、何かにとどまっていたら、意味はない」

祖母は続けた。

「私はとどまっていたかねぇ」

気の強い祖母の人生は、終始この紋別の土地の中にあった。その中で、気性の激しい祖母の生は、いつでもどこかに向かって手を延ばしては、もがきながら進み続けようとした氷のようだったのか。




枝幸に流氷が接岸すれば、数日経たずにこの海岸にも氷たちが到着するだろう。近づいてくる流氷をとらえる最後のチャンスだ。

林を抜けて海を見渡せる丘の上に着いた時、私は息を呑んだ。巨大な氷の群れが、押し寄せてくる。ゆっくりとゆっくりと進む氷の動いている様が見える訳ではない。氷は止まっているように見える。ただ、抗えない程の力を持った大きな群れが、岸のこちらを圧倒しているのだ。

辺りは静寂に包まれていた。時々、何かが軋むような音が遠く遠く耳の奥で聞こえる。氷の進む音か。あるいは誰かが人生の底で、いつも進み続けていたいと願う心がその苦しみにうめきをあげているのか。

流氷の来る先に思いは逡巡する。灰色の海に漂う巨大な氷たちを包む静寂をとらえようとした時、私は静寂が無音を意味するのではないことを知った。静寂こそが音を包み込んでいるのだ。静寂という薄い膜の奥に覆われた音は、静寂の先にある世界を求めた時に、初めて聞こえてくるのかも知れない。そこには静寂という音の世界が存在するのだろうと思った。

零下10度を下回る空気が肌を刺す。林は遠く背後になり、雪を落とす木など周りにはないのに、空気がきらきらと視界の限りに輝き続けている。気中を舞うダイアモンドもまた、流氷の接岸を待つこの私たちを刺す硬質な輝きを放っていた。これが紋別の冬だった。そして、この景色こそが、祖母から私への遺言だった。
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by raphie_y | 2005-01-24 23:32 | A Tale to you
2005年 01月 17日
Stellae Terrarum (Stars on the Earth)
この山から彼方に海を見下ろすと
満天の星のように輝く
世界にも有数といわれた
夜景が広がる

あの日
ダイヤモンドのような光を呑み込んで
町を覆った炎を きっと忘れない

あれからの月日の中で
ひとつ また ひとつと
増え続けた町の光は
それまでのものとはきっと違う

生き残った人々が
一度は光を失った人々の魂とともに
一歩 また 一歩と
立ち上がり 歩んだ 再生の証だ

絶望の中にまかれる希望を
信じずにいられない
弱さの中から芽吹く力強さに
勇気づけられたなら
この手をどこかに どうにか
延ばしてみたい

誰かの苦しみを思いながら流した涙は
記憶に溝を刻むまで 拭わずにいたい

十年後の今日
そこで再び輝く光を灯した人々を
とても とても 誇りに思う

与えられた以上の輝きで
その町から放たれた光が
繰り返される絶望の中に
新しい希望を生み出しますように

世界のあらゆる片隅にある
小さな希望と 小さな祈りが
重なり合う波になって
新たなる災害の地を覆う悲しみを
やがてのみ込むものとなりますように

十年後の今日
ひたすらに ただ ひたすらに
自分の身を低くしながら
それを祈らずにいられない
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by raphie_y | 2005-01-17 05:46 | An Ode to you
2005年 01月 15日
You are Free?
新しい試みです
大好きな歌たちに返歌を書いています
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □

陽射しが部屋を真っ白に染める
ひとりで迎える日曜の朝
もう慣れたはずの時間

あの日のことを思い出しながら
少しの間だけ 
ベッドの中で膝を抱えて過ごす

その腕の中に
すっぽりと丸めた背中には羽が見えると
あなたが言ってくれた頃

そして
「それじゃね」とつぶやいたあなたに
その背を向けたあの日

あなたは日だまりのような笑顔で
私を抱きしめ
寂しげに笑顔をたたえたままで
別れを告げた



昔の友達には会わないようにしてる
あなたが言わない言葉を
きっと知っている人たちだから

何もかもを優しさで包んだ人
最後まで自分が全てを負おうとした
だけどずっとわかっていた

終わりの始まりはきっと
あなたの優しさだったことも

だから
これだけは知っていて欲しい

あなたは 私を 傷つけなかった

いつもは私の背中を覆って
あの日は私の背中を押して
あなたは私を哀しみから守った



あの日のふたりの約束の場所に
あなたはたどり着くことができましたか

温かな笑顔を絶やさずにいられる毎日を
あなたは見つけられましたか

あなたは 自由に なりましたか



そして私は
ずっと ずっと
あなたが幸せでいることを祈ってる
祈り続けてる


ひとりで迎える真っ白な朝には
まだ慣れなくて
でも深く息をしたらまっすぐに立ち上がる

あなたが押してくれた背中が
あなたが翼を見つけた背中が
間違えずに歩いていくことを
私以上に あなたが 望んでいるから

だから 私は まっすぐに
だから 私は 自由で
きっと 私は 自由で



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □

元歌はChage & Askaの"You are Free"でした
是非そちらの歌詞もご覧ください
音源へのリンクもあります

You are Free by Chage & Aska
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by raphie_y | 2005-01-15 12:43 | 返歌
2005年 01月 07日
モノクロームの思い出から
新春!男女対抗TBボケ駅伝への参加作品(復路第28走者)でした。

「モノクロームの思い出から」
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by raphie_y | 2005-01-07 07:44 | A Tale to you


    


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